Message from ecoislandエコアイランド通信
840万年前から続く宮古島の物語:海と地下水を育んだ大地の記憶
透き通る海、白い砂浜、
そして私たちの暮らしを支える豊かな地下水。
宮古島の魅力として語られるこれらの自然は、
実は何千年ではなく、
何百万年という気の遠くなるような時間をかけてつくられてきたーーー。

5月30日、地域で活動する事業者たちが主体となって、宮古島の成り立ちについて学ぶ勉強会が開催されたので、取材に行ってきました📚️✨️
「八重干瀬卓礁群・フデ岩の低島と大神島古陸時代について」と題した勉強会。
主催したのは、カヤックガイドとして海の魅力を伝えるREEF KNOTと、環境配慮型洗剤の開発・販売を行うmizukara。宮古島の自然を日々の事業活動の中で活用し、その価値を発信している両者が、「まずは島の成り立ちを知ることが自然環境を守る第一歩になる」と考え、企画したものです。
講師には、長年にわたり宮古諸島の地形・地質研究を続けてきた安谷屋昭氏を招き、市民や事業者が共に学ぶ機会となりました。
私たちが見ている風景の奥には、地球規模の時間の積み重ねがあります。今回の勉強会は、宮古島の自然環境を改めて見つめ直す機会となりました。

かつて宮古島は、ひとつの大きな陸地だった
安谷屋氏によると、宮古島は約840万年前以前、大陸縁辺部から半深海へと続く大陸棚の位置にあったそうです。長い地殻変動や海面変化を経て、現在の宮古諸島が形成されたと考えられています。
特に注目されたのが、「宮古島古陸」という考え方です。
約12,700~11,700年前の寒冷期には、海面が現在より40~50メートルほど低下していたと推定されています。そのため、現在は海の中にある海底段丘までもが陸地となり、宮古島・八重干瀬・フデ岩・大神島は、ひと続きの大きな陸地だった可能性があるといいます。安谷屋氏は、この時代の陸地を「宮古島古陸」と名付けています。
その後、地球規模の温暖化によって海面が上昇し、低い場所から海に沈み始めました。広大だった陸地は次第に分断され、高い場所だけが残り、現在の宮古島や大神島、八重干瀬の原型が形づくられていったのです。

八重干瀬は「海に沈んだ島」の名残
日本最大級のサンゴ礁群として知られる八重干瀬ですが、安谷屋氏は「もともとは低い島だった可能性が高い」と説明します。
現在の八重干瀬には、雨水による浸食でできた沈水ドリーネや、大きな岩がその場に残る根付岩塊など、陸地時代の特徴を示す地形が確認されています。
これらは、単なるサンゴ礁ではなく、かつて陸地だった痕跡ともいえるものです。安谷屋氏は、この姿を「八重干瀬低島」と表現しました。

大神島が語る宮古諸島の原風景
一方、大神島は八重干瀬とは異なる歴史を持っています。
大神島は約20万年前頃の断層活動や地殻変動によって隆起したと考えられており、宮古諸島の中でも特に古い地層が露出しています。島内には褶曲した地層や断層崖、巨大な岩塊などが見られ、宮古島の成り立ちを読み解く重要な手がかりとなっています。
安谷屋氏は、大神島を「宮古諸島の歴史を今に伝える貴重な場所」と位置付け、その地質学的価値について紹介しました。

大地の歴史を知ることは、未来を守ること
講義の最後には、宮古島の複雑な地質構造と地下水との関係にも話が及びました。
宮古島には大きな河川がなく、暮らしや農業、観光を支える水資源の多くを地下水に依存しています。その地下水は、長い地球の歴史の中で形成された地層や断層によって蓄えられています。
現在、宮古島市では地下水保全対策プロジェクトチームを設置し、地下水保全に関する課題へ総合的に取り組んでいます🚰
今回の勉強会は、地域の自然と深く関わる事業者の学びの場となり、市民目線で宮古島の価値を再発見する取り組みでもありました。
海で活動するREEF KNOT、水環境を考えるmizukaraの市民が中心となって開催された今回の勉強会は、市民主体というところで、とても頼もしい取り組みに感じました。
840万年という壮大な時間の中で育まれてきた宮古島の自然。その価値を知り、伝え、守ろうとする市民目線の小さな活動が、新しい持続可能な島づくりにつながるように感じる1日でした🏝️✨️
